この度「KOZO SURFBOARDS」より、クラシックロングの試乗ボードが入荷しました。
「ライダーの返却ボードで」と、お願いしましたが、なんと新品です。
▓モデル名 No38/9`5/58,4cm/7,6cm/シングル/PU

※広いテールと強目のロッカーにより、ハイラインをキープした
安定したノーズライディングを可能にしました。
いつでも試乗出来ますので
クラシックシングルにご興味の有る方、今後の参考にしてみて下さい🙇
「旅の足跡」第一章1980年代、楽しんで頂けましたでしょうか。
当時のバリを知る方からは、「バイクの教習所行った行った!」
「海も道路もガラガラだった」等など、共感の声を頂きました😁
さて、1993年11月に現サーフショップ「サザンコースト」を開業。
今から思えば、まさにこれぞ「若気の至り」
こうして33年目を迎えられているのは、今迄支えて来てくれた皆さんのおかげです。
この場を借りて、「有難う御座います🙇」
「バリ」1996年。
ここからは皆さんご存知の面々が登場して来ます。
まずはいきなりですが、表紙にて妻の登場です。
この時はショップを始めてから、二度目のバリツアーとなります(通算7回目)
一度目(1994年)の写真が見当たらず、二度目からとなりました。
ウルワツ!?へ向かう途中で、ガス欠したかな・・・。
ほとんど車が走っていません。
今とは大違い。
この時は総勢6名だったので、ライトバンをレンタルして荷台に一人乗ってたかな。
バリアンで1ラウンド、メドウィーで2ラウンド目。
メドウィーは、5人で貸し切りだった様な気がします。
そうそう妻は、まだサーフィンデビューしていません。
このあと、10数年後にデビューです・・・。
そんな事よりも、ここがメドウィーのどん突きで、右側の屋根が巨大な休憩所で
今の「ボンボラホテル」の建っている場所です。
この屋台が進化して、今のワルンになったみたいです。
やっぱり、営業権みたいのが有るんでしょうね。
この日はたまたま「ラマダン明けのお祭り」が有り、みんさんオメカシしていました。
妻が居る側がホテルの敷地内(レストラン利用)で、竹で作られた柵で仕切られていました。
今から丁度30年前なので、この子達も今は30〜40代なのかな・・・。

ここは300段位の階段を降りて行く「グリーンボール」かと。
実はこの時のバリツアーを境に、私のバリ通いは途絶えたのでした。
理由は「Bali Surf Trip 2026 Day9.」で述べていますので、そちらを参照下さい。
「フィージー・ナモツ」1997年。
CTツアーの会場でお馴染みの「タバルア」の、近くに有る「ナモツ島」
「島」と言っても一周しても10分位で、学校のグランド程度の広さかな。
そこに6〜7棟のコテージと、レストラン、オフィスが有るだけ。
水道が無いので、黒いビニールタンク(一日1本)に、
水を入れて日中吊るしておいて、太陽で温まったお湯がシャワー代わり。
「カバ」での歓迎の儀式。
まだプロになる前の伊藤君との初海外。
フィージー本島から、小さなボートに乗って上陸したら、1週間後の迎えのボートが来る迄、
サーフィンするか釣り、昼寝、星をみたり、飲食以外にやる事は無い。
なので本当にサーフィンに集中したい方にはモッテコイ。
流石にこの歳になると少しキツイかな・・・。
私は素潜りはしますが、釣りは生まれてから数回しかやった事が無く、
この時はビギナーズラックで、ロウニンアジとシーバスゲット。
晩飯に他の宿泊者とシェアしました。

「北スマトラ・バンダアチェ」1998年。
成田〜ジャカルタ〜メダン〜バンダアチェ迄。
出発から1日半かけて到着した、スマトラ半島の最果ての地。
到着早々問題発生😱
このエリアは、ゴリゴリのイスラム教でアルコール禁止。
宿のレストランに、ビールすら無い。
このメンバー酒豪揃いで、ヤベエなあとなり
そこは「蛇の道は蛇」、闇で売っている所迄、🚚をチャーターして買い出しに📦
ビールを何ケースか買いましたが、この人数でいつもの調子で飲んだら
一週間どころか2〜3日で底をつくので、配給制に1日一人1本位だったかと
今はそんな事無いらしいけど、その時は参りました😂
ビーチフロント滞在スタイルで、サーフィンに明け暮れてから
夕飯にヌルい(冷蔵庫も無く、飲む時にバケツに氷を入れて冷やす)
1本のビールをチビチビ飲んで寝るだけ・・・。
「スリランカ・ヒッカドゥーワ」1999年。
前年にアルコール禁止で懲りたので、酒の有る国へ😁
第三章 2000年代(HP開設以前迄編)へ続く・・・。
夢の国(バリ)から帰って来て、一週間が経とうとしています。
土産話でもしようにも、まだ数人の方にしか会っておりません😂
海も大しけ続きで時間を持て余し、旅の余韻に浸っていたら
そうだ「海外サーフトリップじまい」なんだから、
アーカイブ的に、まとめてみるかなと閃きました。
過去のプリントされたアルバムを引っ張り出して、
一枚一枚カメラで撮ってじゃ、手間がかかり過ぎるので(私かなりのデジタル音痴)
どうしたもんかと、AIに問いかけると
①専門業者に依頼。②コンビニでも出来る。③プリンターでスキャン。
となり1、2は無いな、エプソンのプリンターを持っているので
取説から解読して、何とか人の手を借りずにスキャンをマスター😁
前置きはこの位にしてさて本編へ。
「写るんですよ」で撮影した写真がほとんどなので、画像の不鮮明さはご容赦下さい。
第一章 80年代は、ちょうど私のサラリーマン時代で、
お盆休み等をやり繰りして、バリ通いをしていました。
残念ながら、1881年の初バリの写真が何処にも無く、1985年からです。
トランクスの短さが、時代を物語っていて笑えます😁
隣は初バリで知り合った「プトゥー」当時のバリを代表するサーファー。
来日時は、拙宅に一週間位滞在した事も。
私が会社に行って留守をしていても、亡き父(当時50歳位)と意気投合していました。
舞台はバリへ戻り。
当時はまずはバイクをレンタルしないと、クタビーチ以外では🏄出来ないので
その為にバリの免許を取りに、デンパサールに有る教習所迄。
これに半日費やしてしまうけど、それも楽しんでいたかな・・・。
八の字を足をつかずに一周して、その後学科試験(教官が答えを指さしてくれる)
だってインドネシア語の問題読めないし、大らかな時代でした😁
合格したら、早速波の良いポイントへGo🏍
バイクキャリアも付いていないので、ボードケースをたすき掛けにして
遥々メドウィー迄、途中休みながら3〜4時間かけて到着。
隣は下羽(涼平の父ちゃん27歳時)
これは⬇かなり貴重な写真かと。
この土地に数年後にホテルが建ち、今回滞在した「ウマディーホテル」へと繋がります。
当時定宿の「バリバンガロー」
ハーフウエイから建物が丸見え。
ビーチウォークSCは勿論の事、まだイスタナラマホテルも建っていない。
道路も舗装されておらず、この手つかずの自然が
幼少期を過ごした地元の原風景と重なり、当時はハマったんだと思う・・・。
チャングーの主。
第二章 1990年代(サーフショップ業編)へ続く・・・。
メドゥイーから始まりスランガンと来て、今回のトリップの締めくくりは
ホテルから歩いてカヌーに乗っての、オンショアのエアーポートリーフへ。
町田君がベトナムエアーで帰国の為、昼過ぎにはホテルを出なければならず
逆算すると近場でサクッと済ませるしか無く、その様な選択になりました。
岸寄の方はそこ迄風が強そうに見えませんが、滑走路の先のアウターリーフなので
モロに風の影響を受けていました。
それでもやらなければ、スランガンのみの🏄じゃ勿体無いと
誰よりも長く海に入っていました😁
町田君とは最後の会食。千倉での再会を約束してお別れ😂

外に出る元気も無く、最後の晩餐はホテルのレストランで済ます事に。
私はビーフ、妻はチキンステーキ。
両方で2,000円位と、ホテルにしてはかなりリーズナブル。

そうそう「Mr`x」は、糸の切れた凧の様にラストディも独り何処かへ・・・。
今宵はライブディとの事で、BGM付きの食事タイム。
食事が終わり、さて部屋に戻って最後の荷物チェックでもと、思っていたら。
「The next song is famous japanese song」
「Please sing it you」とステージに手招きされ(日本人の観客は私と妻のみ)
「昴」のイントロが流れ、「俺歌った事無いし、しかも歌詞が分からないよ」と
妻に言うと、携帯に表示された歌詞の画面を渡されて、なんと二夜連続の飛び入り出演♫
これぞ「旅の恥はかき捨て」🏄以外にも良い思い出が出来ました😁
そんなこんなで、ガイドさんのお迎えを受け、
私のラスト海外サーフトリップは、幕を閉じました。
1981年に初めての海外旅行で訪れた「バリ」ですが、今回で19回目となりました。
以外に少ないですが、実はそれには私なりの理由が有りまして・・・。
初バリから20数年の間に急激な発展を遂げ、それにともない「バリの素朴な田舎らしさ」が
薄れて行く過程で足が遠のき出し、新天地を求めて「スリランカ」「北スマトラ」
「フィージー」「マウイ」「フィリピン」「台湾」等旅を続ける中で、
一時は「ロンボク島」に魅せられ、しばし通うも又結局バリへ。
バリの目覚ましい発展は、そこに暮らす人々が望んだ事なので
受け入れるしか無いと気持ちを入れ替えて、「だって波は変わって無いし」
それでも、古き良きバリを知る身としては、
ここ何年かはクタから車で数時間の、「バリアン」や「メドゥイー」「ジャスリー」等の
ビーチフロントに滞在して、後半はクタの街ライフも楽しむスタイルが確立しました。
その間、一緒に旅を楽しんでくれたメンバーや、
その土地々でお世話になった、ローカルやガイドの皆さんに感謝の言葉しか有りません。
「どうもありがとう」「テレマカシー」「Thank you so much」🙇
今回の旅でヒトツだけ残念なのが、🏄の映像がほとんど無い事。
いつもは撮影係を努めてくれる妻が、今回はオーバーヘッドだろうがWだろうが
持ち前の負けん気で、果敢にチャレンジ。
「だってこれで最後かと思うと、やるしか無いじゃん」と、妻なりの決意が有った様です。
まあ、今回も良く海に入り、良く食い酒を飲みました。
「あ〜疲れた」
10日振り千倉の海。ずっと10日間こんな状態だった様です。
夢の国から現実へ、容赦なく引き戻されたました・・・。

拙文を最後まで読んでいただき「テレマカシー」🙇
昨夜のウエルカムディナーを欠席した「Mr.X」は、
朝食タイムには「持ち前の明るさ」で、すっかり打ち解けていました😁
今朝もガイドさんのお迎えで、まずはヌサドゥア方面へ。
こんな高速道路が出来てて、最後に来たのはいつなのか、記憶を巡らせるとなんと30年振り。
今回の旅の目的のヒトツに、妻を初めてバリに連れて来た時の(まだサーフィン始めて無い)
思い出の地を巡るが有り、「メドゥイー」「バリアン」「クタ」そして今日「ヌサドゥア」
に行く事が出来ました。
残念ながら「ウルワツ」は、風が合わないのでパス。
町田君もサーフィン始めたての頃に、先輩に連れて来てもらった思い出が有るとの事で、
しばし感傷に耽っていました・・・。

波は遥かアウトサイドなので、肉眼では分かりづらいですが、
軽くオーバーヘッドは有りそうで、カレントも強いので
2年振りに再開する町田君にとっては、いきなりここはキツイのでは。
と言う事になり、疲労困憊の私もヒト安心。
して、一路「スランガン」へ。同じカヌーに「ニョーマン」さんの弟の「スワール」の姿も。
ポイントに着き5分もしないうちに、早速波をキャッチして乗っていった町田君。
ラインナップに戻るなり、「実はウエーブプールでコソ練してたでしょう」と私。
その後も、私が沖に向かうタイミングで、乗って来るシーンを何度か見かけましたが、
「むしろ2年前より上手くなっているよ!」と。
理由はテイクオフした後に、ターンをする為にボードを動かそうとするクセが無くなり
ボードを傾ける=レールが入るので、勝手にリップに向かってターンが始まる。
この感覚がマスター出来ていました😁
帰りのカヌーで、「やっぱりマラソンで、常日頃体を鍛えているから凄いね」と私。
「いやあ〜マラソンは、走りながらペースを落としたり休めるけど、
サーフィンは辛くて、パドルの手を緩めたら、容赦無く脱落していくから
改めてサーフィンの大変さが分かりました」と、
両方やっている人にしか言えない「金言」を頂きました。
今日と明日の午前中しか、サーフィンする時間の無い町田君は、
流石にバリ迄来て、一ラウンドじゃ終われないと、
クタビーチ周辺をチェツクするも断念。
ビーチが侵食されてしまい、砂浜が無くなったクタビーチは
かつての面影は有りません😂
明日の午前中にかける事にして、マッサージからのディナータイム。
ホテル迄の帰り道の途中に有る、ショッピングモールでヒト休み。
しばしライブに聴き惚れていると、みんなから「今回が最後なら一発カマしましょう♫」
となり、英語の堪能な町田君の交渉で、急遽飛び入り参加する事に。
世界中の誰もが知っているであろう、
スタンダードナンバー「スタンド・バイ・ミー」を、クタの街にうんならかしました。
「テレマカシー」「Thank you so much」
ラストDayへ続く・・・。
今回はクタエリアでの定宿「リサタバリ」では無く、予算の関係でこちら⬆のホテル。
朝食が付いて二人で6,000円。
昨日迄滞在していたメドゥイーの「ウマディーサーフ&リトリート」が、
同じく二人で、12,000円前後。
いずれにしても日本では、民宿も泊まれません・・・。
こんな広いプール有るし、言う事無し。
散歩がてらホテルの前のビーチをチェツクするも、予報通りオンショア。
おそらく最終日の13日迄、クタエリアはオンショア予報なので
いつものサーフガイド「ニョーマン」さんを、メドゥイーからラインして予約済み。
8時に2年振りの再会を果たし、
「すみません、毎日オーバーヘッドの波に揉まれてヘロヘロなので、
肩前後の小さ目なポイントへ」「わかったヨと」
オフショアになる、クタエリアの反対側の「スランガン」へ。
いつもお世話になっている「ニョーマン」さん。
波は結局セット頭。インパクトで喰らうと、グルグル巻に😂
スクールの団体さんを、乗せたカヌーが行き交う海域。
バリ島はここ数十年で、サーフィンが新たな産業として確立されている様です。
床屋でカットが350円(シャンプー込で700円)。マッサージが1時間1,500円。
それに対してサーフボードレンタル3時間2,000円。
サーフガイド1人につき6,000〜10,000円。
明らかにサーファーは、裕福な人種となりつつ有る様です。
サーフィン後は、ニューマンお勧めの定食屋さんへ
ライスをベースに、ショーケースに並んだおかずをチョイスして、レジで支払うスタイル。
メドゥイー修行の疲れが、スランガンでMAXになったので、今日は一ラウンドのみ。
そうこうする内に、スパシャルゲストが到着。
腹っぺらしの風来坊は、町田社長の到着を待てず、一人街へ繰り出してしまったので、
3人でのウエルカムディナー。
明日もガイドの迎えで反対側へ行きますが、町田君にとっては2年振りのサーフィン。
果たしてどんな結末が・・・。
続く・・・。
メドゥィー最終日の朝。
幾分サイズダウンしたかな、それでも頭はキープ。
今日が最終日の「831君」事「248君」は、今夜の飛行機で帰国。
メンバーの中では、毎朝一番乗りで元気にパドルアウト。

私は今朝は、6`9のミッドレングスでパドルアウト。
今日はラマダン中という事も有り、いつもよりはローカルもスクール生も少な目で
アウトでじっとセットを待つ事30分。
ようやく最終日にして(昨日のロングは別)
アウトのピークからミドル〜インサイドセクション迄、乗り継げる波に乗れました😁
その後明日からの後半戦に備えて、体のメンテナンス。
マッサージ嫌いの妻が、珍しく私もやると相当堪えている様です。
カトゥー夫妻の見送りを受け、いざクタへ。
途中ガイドさんにお願いして、思い出の詰まったバリアンに寄って頂きました。
数年前まで定宿だった「ポンダックピタヤホテル」
2023年のシャークアタック以来、足が遠ざかっていましたが
まさかこんなに、寂しくなっているとは・・・。
波は全然出来るのに、サーファーは一人のみ。
サメさえ居なければ、ここが楽園だったのに😂

途中渋滞に巻き込まれながら3時間半かけて、ホテル近くのレストランに到着。
ここもお馴染みのレストラン「ヌカ」
残念ながら「西谷君」とは、これにてお別れ。
「ラスト海外リップ」にお付き合い頂き、どうも有難う御座いました。
お気を付けて、お帰り下さいませ🙇
明日夕方には、私達のトリップの常連さんが、久し振りの参加で到着します。
社長業や、その他業界関連の仕事で多忙を極め、
当初は参加を見送る予定でしたが、「最後なんだけど」の一言で
「何とかやり繰りして行きます」と、男気の有る返事を頂いたものの
中々日程が決まらず、私達はOMツアーで申し込むので、ご自身でどうぞと成り。
最近になって、「2泊4日の弾丸ツアーですけど行きます。」と、マジカ・・・。
バリ滞在が1日半しか無く、「熱海じゃないんだから」とツッコミ。
聞くところによると、チケットはマイレージで実質は2泊の宿代と送迎代のみ。
「それじゃ熱海より安いじゃん・・・。」
その気持が嬉しいし、感動しました😂
お気をつけていらして下さい、お待ちしています🙇
続く・・・。
最近の潮回りは、日の出から明るくなる頃がロータイドで、
ご覧⬆の様に剥き出しの玉石がゴロゴロ。
ローカルや慣れている「カトゥー夫妻」は、
素足で水の有る所迄、器用に歩いて行きますが、私達には無理なので
折りたたみ式の簡易リーフブーツを履いて、ラインナップに着いたら
トランクスのポケットに仕舞って、素足でサーフィンして又上がるときに履いています。
今朝も小さ目に見えたので、ショートボードで入りましたが
あれよあれよという間にサイズUP、セットは頭〜頭半。
今回の「海外サーフトリップ仕舞い」を祝福するかの如く
連日波に恵まれています😓
そんなこんなで、老体は初日から悲鳴を上げ、
ほぼ連日バリマッサージの、お世話になっています。
どうしても、どアウトからのセットに乗りたくて
(ウネリが厚くて、ショートでは若者やローカルしか乗れない)
午後の2ラウンド目は、和君の知り合いのサーフショップで、
ロングボードをレンタルする事に。
重目のシングルフィンはキツそうなので、シングルスタビをリクエストするも
1本しか無く(世界的に主流はシングル)沖で妻と交代しながら乗る事に。
私自身久しぶりのロングボードで、しかも借り物。
1本目は勝手が分からず、ターンしようとしたらこけましたが、
その後はボードの特性が何と無く分かり、
今迄指をくわえて見とれていた「どセット」に、乗る事が出来てご満悦😁
残念ながら、記録は御座いませんが、私の脳裏には深く刻み込まれました👼
して、今宵はメドゥィーラストナイト。
明日からの旅の後半はクタエリア。
ここで更なるスペシャルゲストをお迎えして、3日間クタ周辺で🏄します。
「カトゥー夫妻」は、ビザ有効期限の1ヶ月まるまるの滞在なので、
まだ3週間以上も有りますが、我々とはラストナイトという事で、
昨日に続きディナーのお誘いを受けて、海の見えるレストランへ・・・。
