勝浦へ

誰も居ない海を眺めながら、本日も営業中なり!

とは昨日の朝の話、予想とは裏腹に午前中に来客が数人。よし午後からは店を閉めて、外房を北上計画。二階の141さんも誘いハイエースでGo!

御宿辺り迄視野に入れ、帰りは「勝浦タンタンメン」とビールだな等と (どっちがメインだか)
ハンドルを握る手が汗ばみ、更に右足には力が入る。一応おさえで「守屋海岸」をチェック、更に北上「松部」のブレークを右手に短いトンネルを抜けると、「あれ!マリブがしかもそれほど混んでいない」初マリブの妻、30年前に一度だけの141さんに有無を言わさず「入りましょう」と一言。

ご存知の通り1ピークでしかもビジターが、おいそれと乗れるわけも無いのは千も承知。ただこの現場の空気感を味わうのも、勉強なのでと妻をピークへ誘いましたがなんと一番最初にミドルクラスの波を捕まえ、テイクオフしたのは彼女でした!?

「ソロバンのダラダラと違って、次から次へと壁になって来て超怖かった」と興奮気味に「これ以上は望めないから、子マリブへ行く」と妻「その方が本数は、乗れるからそうすれば」と私。ちなみに子マリブでもカタ〜アタマはある。

美味しそうな御馳走を目の前にして、食べないわけにはいかないのでローカルに敬意をはらいながら、5〜6本乗らせて頂き「どうもご馳走様でした」残念ながら自分たちの写真は有りませんが、雰囲気だけでもお楽しみ下さい!

実は自分のサーフィンのルーツはここ「勝浦」にある。忘れもしない37年前(高二)の秋、同じクラスの友人に「今日良い波だから早退するけど、一緒に来るか?」と誘われ始めて学校のある鴨川から外房線に乗り、降り立ったのが勝浦駅(今はリニューアルされ当時の面影は無い)結局「観てるんだったら、お前もやれば」この一言がのちに私の人生を、大きく変える事になるとは、その時は誰も知る由もない・・・。

借り物のウエットに着替えボード(2m20cm位のシングルフィン)を持ち橋脚の下の浜へそこが「マリブ」こと串浜海岸、あれから37年かあ(途中止めてた時も有るけど)・・・あの高校に行ってなければ、あいつと同じクラスにならなければ(ちなみに3年間一緒)考えだせばキリが無くこうしてHPを更新したり、みなさんともお会いする事も無かったのかなあ

いや、やはり世の中には偶然は無くすべて「必然」昭和33年に生まれた時点で、このストリーは完成されておりただ、ターニングポイントとなる出会い(縁)に気づき、それをどうお互い生せるかが肝心。人生とはすべて、その繰り返しで成り立っている、というのが私の持論。

「あまからや」で中華料理を紹興酒で流し込み、たんたんめんで汗をかいたあと急に懐かしくなり、勝浦駅にほど近い友人宅を突撃訪問。話を聞くと入れ違いで、マリブでサーフィンしてたとの事。高校時代は泊まりに行くと、いつも美味しいご飯を作ってくれたお母さんも元気で
私の事も覚えていてくれて、しばし皆で歓談。サーフィン歴40年勝浦のヘビィーローカル「信夫」ありがとう、また遊びぃ行ぐかんな!

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